第38回定期総会記念講演◆
 PFIと病院建築−近江八幡PJに関与して−
 栗原 嘉一郎
(筑波大学名誉教授)
(日本医療福祉建築協会前会長)
 一昨年から近江八幡病院のPFI事業の審査員の一人を務め、その中でいろいろ感じる点がございましたし、その後、PFIについていろいろな紹介や解説などにも目を通しました結果、私なりに問題点が見えて参り、それに対する考え方もまとまって参りましたので、お伝えしたいと思います。
 PFIに現に取り組んでおられる方もあれば、かなり疎遠な方もおられると思いますので、全般的な解説を含めてお話しします。

PFIの定義と事業対象
 まず、PFIの定義ですが、PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアティブとは、「従来、国や地方自治体が自ら行ってきた社会資本の整備や公共サービスの提供事業を、民間の資金、経営能力、技術力を活用して行うことにより、地方自治体の事業コストの削減をはかりつつ、より質の高い公共サービスの提供をめざす手法」ということになろうかと思います。
 平成11年7月にPFI法が公布されており、その基本方針が平成12年3月に公布され、いま広まりつつあるところですが、平たく言えば、国や自治体が必要と考える公共施設、あるいは公共サービスを、資金の調達から建設・運営まで一式、民間にやってもらい、その対価としてサービスを購入する。それも30年契約というような長い間にわたって、選定した事業者に延払いの形で払っていく、という方式です。
 すでに知られておりますように、この方式のもとはイギリスにあります。1979年にサッチャー首相が就任して以来、英国病にかかっていた国を立て直すべく英断をふるい、小さな政府をめざしたわけです。石油・電力・通信・航空など、国が直接やっていた事業を、次から次に民営化していきました。その中には簡単に民営化できない部門もあるわけですが、そういう部門については部分的に民間の活力を導入しよう、ということで、これがPFIという手法になっていったわけです。
 PFIが実施されたのは1992年からで、サッチャーの後継者であるメージャー首相の手で開始され、以来約10年経っているわけです。97年から労働党のブレア政権になりましたが、ブレア首相もPFIを積極的に進めており、現在、イギリスでは約数百件のPFI事業が進行しているものとみられます。当協会会員の桑野隆司氏が2001年の「日英シンポジウム」に出席されたとき、今後10年間で100の病院をPFIでやっていく、と聞いてきておられます。(会誌135号参照)
 さて、PFIの事業主体は申すまでもなく国や地方自治体・公共法人であり、対象となる事業は、インフラ的な施設から庁舎、いわゆる公共施設群、その他きわめて多くの分野にわたっています。事業のプロセスは、まず行政が自主方針を策定し、その中から特定事業を選んで、本当に財政の減少につながるか十分事前評価をした後、特定の事業を公表して、それをひき受けてくれる事業者を公募し、選定します。選定された事業者とは、15〜30年にわたって事業を実行してもらう協定を締結することになります。
 ご承知のように、国も地方自治体も財政難が続いておりますので、民間資金によって公共サービスが展開できるこの手法は、地方自治体にも強い関心をもって迎えられています。内閣府が平成14年の1〜3月に全国自治体に対してアンケート調査をした結果(有効回答2,678)によると、PFIについて「何らかの態勢をとっている」14.9%、「担当部署を設けている」12.0%、「職員による研究会立上げ」6.0%となっており、すでに3割を超える自治体が、何らかの準備態勢に入っています。導入したいと考えている分野としては、教育文化施設がトップで、以下、公営住宅・社会福祉施設・観光施設・・・といった順で並んでいます。医療施設は8番目で、12.3%という数字です。回答を寄せた自治体の数2,678に12.3%を掛け合わせてみると、軽く300病院を超えてしまいます。大変な数です。
 こうしてみると、公共施設の建設形態は現在、曲がり角に来ているといえそうです。では何でもかんでもPFIか、というと、ある程度の規模がないとPFIのスケールメリットが出ないわけで、自治体はすでにいろいろな基準を作り始めています。例えば、東京都は建設費相当額で50億円以上、運営費等で30億円以上のものはPFIで、という基準をつくりました。埼玉県は施設整備費用20億円以上のすべて、千葉市は施設建設費10億円以上、または維持管理運営費が年間1億円以上のものはPFIにすることを決めてます。これは大変大きな決定だと思います。
 なお、PFI事業を施設の所有形態との関係で分類すると、基本的にBOT、 BTO、 BOOの3通りといわれています。BOTというのは、民間事業者が建設(Build)して、運営(Operate)して、契約が終わったところで所有権を自治体に返移す(Transfer)方式です。BTOは、事業主体が建設(Build)して、所有権を自治体に移して(Transfer)、民間が運営(Operate)していく方式。BOOは、建設(Build)して、運営(Operate)して、所有し続けて(Own)最後に解体して土地を返す方式です。
 日本では前2者が大多数で、それもBTOの方が多いと思います。このあり方については、PFIの本質から言うとBTOというのはおかしい。つまり、民間の活力を十分出すためには、最後まで所有しているということが重要なのだ、という論があることをお伝えしておきます。 
 さて、今年の3月14日現在で、実施方針が策定され公表されたPFI事業は、国の事業が20件、地方公共団体が72件、特殊法人が1件です。このうち病院は、高知医療センター・近江八幡市民病院・八尾市立病院・埼玉県総合リハビリセンターの4件で、福祉施設は6件です。このうち、近江八幡に私自身が関与しましたので、次にその話を致します。

近江八幡市民病院の場合
 この事業に係る企画ならびに事業者選定の作業は、一昨年から今年にかけて行われました。まもなく選定された事業者との契約が完了する頃かと思います。
 近江八幡市民病院は東近江地域の中核病院ですが、老朽化・狭隘化して非効率的になってきたし、疾病構造や地域構造も変化してきたので、建て替えることになりました。少し将来を見て建て替えようということで、その計画がPFI事業になったわけです。病院規模は434床で、診療科目は18科目です。
 事業内容は、病院本体の設計・建設・維持管理、それから運営業務の一部――管理と診療行為そのものは今までどおり市が直営で行うので、それ以外の部分、すなわち医療事務・検体検査・物品管理・情報システム・滅菌・給食・リネン・売店等々になります。事業方式は、30年にわたるBOT方式です。
 では、事業者をどのように選定したのか。基本方針として、設計・建設段階から維持管理・運営段階の各業務を通じて、効率的・効果的、かつ安定的・継続的なサービスを求めるわけですから、民間事業者の幅広いノウハウを総合的に評価して選定する必要があります。したがって、サービスの対価の額をはじめ、設計能力・建設能力・技術能力・維持管理能力・運営能力・資金調達能力等を総合的に評価して決める、ということになります。
 このとき、具体的にどういうものを作り、どういう水準で運営して欲しいかという性能およびサービス水準の要求については、施設の要求性能書および業務要求水準書というものが別に作られるわけです。施設要求の面では各部屋の面積まで細かく出ていますし、運営の方の業務要求内容は300ページくらいにわたります。例えば清掃の項を見ると、清掃員が病室に入っていくときに患者に声をかける文言からモップの洗い方まで出ている。厳密に事前スタディをして、それを性能要求書としてまとめているわけです。この作業は膨大なものになりますから、市当局だけではとてもできない。したがって、優秀なコンサルタントが入るわけです。ここにかけられたエネルギーは大変なものだったろうと思われます。
 次に、応募者の構成と参加資格要件ですが、どういう人が応募できるかというと、設計・建設から運営まで業務が幅広いですから、一企業ではとてもできない。複数の企業にグループを組んでもらい、代表者を決めてもらいます。選ばれたときには、その事業者がこの病院を30年間にわたって運営していくという目的を持った会社(SPC:Special Purpose Company)を設立し、代表者以下構成企業には出資者になってもらいます。更にその下に数多くの協力企業が参加し、多くの業務を担当します。参加資格要件としては、過去に300床以上の病院建設の経験・運営の経験があること、という条件もつけています。
 こういった条件のもとで事業主体を公募したわけですが、これに5グループが応募してきました。提出された応募資料は、膨大なものでした。では、それをどのように選考したのでしょうか。

事業者の選定方法
 審査は弁護士の肱岡氏を委員長として、委員は11名。非常に幅の広い審査をすることになりますので、専門的な部会を3つ作りました。運営部会・事業部会・施設部会の3つです。当協会副会長の大道久氏も運営部会の長をされました。私は施設部会のまとめ役を仰せつかりました。平成13〜14年にかけて全体会が10回、部会が4回、計14回の委員会が開かれました。その席で、コンサルタントおよび当局によって用意された審査要領なるもの――これがまた大変なのですけれども――にしたがって評価をしたわけです。
 審査のポイントは8つ。1.事業の理念、2.地域との関わり、3.経営支援能力、4.施設整備および維持管理、5.運営、6.事業実施体制、7.事業履行の確実性――ここまでが内容的なことです。そして、8つめが審査金額です。
 配点は、1〜7の内容的なものが計500点、審査金額が500点、あわせて1000点満点です。1〜7の項目は、それぞれ中項目に分かれ、その先にさらに多数の小項目があります。この小項目ごとに2点とか3点とかの配点がある。ですから、審査では、この細かい項目について応募された4社にどんな優劣があるかを見ていくわけです。正直なところ、一流企業が力をいれて回答しておられるから、どれも立派なことが書いてある。そういう中で、100にも分かれた項目のそれぞれにつき、委員は何らかの評価をする。とても大変なことです。悪い点なんかないわけです。ある項目が5点満点だったとすると、まあ4点か5点。3点、2点なんてあまりつきません。そういう具合に細かく見ながら、最後に積み上げるわけですね。非常にデジタル的な作業です。なかなか全体像は見えない。最後に集計したらこうだった、ということになります。私などはアナログ人間なものですから、当惑を感じました。一緒にやっていて亡くなった内井昭蔵さんなんかもアナログ人間でしたから、弱ったなということで、互いにぼやきながら作業致しました。
 その結果、応募者のA・B・C・D・E社のうち、C社は辞退、決定したのはE社でした。審査項目別でみると、1〜7の小計、つまり金銭を除く「内容」の順位はB社が1位で、E社が2位、A社が3位、D社が4位でした。審査金額だけをみると、D社が1位、E社が2位、B社が3位、A社が4位でした。これを総合した結果、どちらも2位のE社の得点が1位になったわけです。
 この場合、A社は他3社とかなり差が開いていましたから、まず浮き上がる可能性はなかったわけですが、B・D・E社の差は大変に微妙でした。1位のE社(896.6点)と2位のB社(889.0点)の差は、1%にもならない。競馬で言えば鼻の差みたいなものです。それから、2位のB社と3位のD社(888.6点)の差はさらに少ない。これは、鼻から鼻毛が出ていたかどうかというような差です。これくらい微妙な差なのに機械的に決めてよいのかということで、最後に金額が公表され、総点が出たときに審査会は少々ざわめいたわけですが、ルールはルールという委員長の強い発言もあって決まったわけです。
 申すまでもなく、中味の良さと金額とは異質なものです。これをトータルするという仕組みはやむを得ないわけですが、この場合、B社は中味は1位でした。上位3社はみんな鼻の差でしたから、もし仮にB社がもう少しだけ安い値段で入れたら、これが全体で1位となり、審査員としてはハッピーな気持ちになったでしょう。一方、D社がもう少しだけ安く入れていたら、これも全体として1位になった。そうなると、中身は4位でしたから審査員としてはガックリ、という感想を持ったでしょう。結果は、中味・金額とも2位・2位のE社が1位となったのですから、いってみれば中途半端な気分であったわけです。なかなか大変なことだなと思いました。
 中味と金銭とを単純に加算する方式をとる限り、こうしたことは避けられないと思いますが、評価の技術論としては若干の工夫の余地があるかも知れません。これが審査の状況です。

PFIに対する評価
 ごく雑駁に近江八幡PFIのポイントだけをご紹介したわけですが、次にこのPFIという手法をどう評価すべきかという問題に移りたいと思います。もちろん私の主観的な考えなり感想ですが。
 まず、国や地方自治体、つまり発注者にとっては、まとまった財源がなくても事業を進められる。起債その他でお金を集めなくても、事業者が出てきてくれれば、延払いで毎年サービスの対価を払えばいいのですから、非常にありがたい。  
 また、費用対効果の向上が約束される。これは事前評価で向上が約束されるものだけをPFIにかけるわけですから、必ず約束される。事実、これまでに実施されたPFIの結果を見てみますと、事前評価の段階で市の財政負担額が数%程度減少する見込みをつけた上でPFIに出しています。ところが、事業者を募集して競争を終えてみると、実際は十数%から二十数%の減少になっています。つまり、これまでのところでは、予想をかなり上回る成果があがっているのです。
 近江八幡の場合も、当初見込みで8〜11%程度の財政的負担減という予測の下にスタートしたわけですが、ふたを開けてみると、審査が終わった段階での計算で17.1%の減少と、予想をはるかに上回る結果が出ました。PFI万々歳という感じだろうと思います。
 ただし、これが本当にPFIの手法なるが故になのかとなると、私の解釈では、まだこれはスタートした第1号・2号というあたりのことですから、事業者の方は何としても実績作りをしたいということでかなり無理をされたのではないか。もうひとつには、デフレもかなり効いているのではないかなどという気もしています。常にこんなに減るとは限らないのではないか、というのが私の感想であります。
 もう一つ、地方自治体にとっては、民間に任せる部分が増えることは、大きく言えば、将来の公務員減少への足掛かりになる筈です。これは組合問題等々もあるのですけれども、仕組みとしてはそういう可能性が大いにあるということだと思います。
 他方、自治体にとってPFIは準備作業の負担が極めて大きい、という問題があります。自治体の職員だけでは到底こなせない大変な作業量があります。そこでコンサルタント業への依存度が極めて大きくなる。病院だけでもこれからPFI事業はどんどん出てきます。コンサルタント業というのは前途揚々たる分野ではないでしょうか。
 それはともあれ、大局的に言って、発注者にとってはうまみのあるシステムと言ってよいかと思います。
 次に、それを受注する事業者――SPC の構成企業になるのは、商社・金融業・ゼネコン・不動産業・電力会社・メーカー、等々ですが――事業を引き受ける立場からいうと、どうでしょうか。今まで自分のところだけでやっていた事業の領域がぐっと広がるわけですから、特に代表企業にとっては、やはり歓迎されるのではないかと思います。公共事業への直接的な参入の機会も増えることになる。受注するための作業の負担が重いという声もありますけれども、私が聞いたところによれば、何十億もの物件を何年も追いかける営業費に比べれば、1年か1年半の集中作業ですむのだから勘定に合うのではないか、という話もあるようです。ですから、SPCの側にとっても、基本的にはメリットのある方式ではないかと思います。
 3番目にSPCの下に協力する傘下の協力企業にとってはどうでしょうか。まず建築設計事務所にとっては、この膨大な作業の中に設計作業が入るわけですが、作業全体の中の一部に過ぎないため、設計行為に対する評価の独立性がまず保たれない。設計がどんなに良くても、他のもっと大きな要素の中に飲み込まれていって、良い設計が浮き上がるとは限らない。健闘しても報われないケースが多いだろう。それに設計の途中で、施主と打ち合わせをすることもできない。建築家というのは施主の立場を守るべき職能と言われますが、そういう立場が曖昧にならざるを得ない。建築家の地位も低くなる方向に作用するのではないかという気がします。したがって、建築設計事務所にとっては、この形態はかなり問題があるのではないかと私は思います。
 このほか、サービス関係やサポート系の関連企業がたくさん入ります。これらの企業にとっては、基本的に長期の契約が待っています。30年・20年・15年の契約を結ぶことができれば、大変魅力があると思います。それから数多くのの企業が一つのグループとして集まりますから、企業間の連携を含めて、創意工夫の可能性が出てくる。たとえば、清掃業務と廃棄物の処理業務はまったく別々の業者であったものが、清掃業務と廃棄物の処理業務を一体化してやる、というような可能性が生まれるのではないかといった話も耳にしています。
 4番目に市民の立場――納税者の側からみると、これは税金が有効利用されることを意味する点で異論は出ないでしょう。サービスの受益者としてみても、PFIによって財政難の地域でも良質の公共サービスを受けることができる可能性が開ける点でこれは悪くないな、と評価されるだろうと思います。
 5番目に、産業構造にかかわるマクロ的視点からみるとどうでしょうか。日本の産業構造は系列化が進んでいて、外国の企業が入ってきても系列の壁にぶつかって跳ね返される。けしからん、と国際的に叱られているわけです。そういう外圧もあって“構造改革”が進められている面もあるわけですが、考えてみるとPFI方式が普及していくと系列化とは違った形で、新たなグループ化が進んでいくのではないかという気がします。それが良いことか悪いことかは私には何とも言えませんが。
 さて、これまでのことはPFI全般について言えることかと思いますが、6番目に、PFIを医療福祉の分野に導入することが妥当かどうかを考えてみました。この分野では現在、社会保険や医療保険の財政が厳しくなりつつあり、社会福祉サービス、特に介護サービスなどは、非常に多様化し、個人化している。それから病院は、業務のアウトソーシング化が進んでいる。さらに、施設の再編統廃合が各地で起こり始めている。市町村合併問題もあります。そういうことを総合して考えると、PFIという手法を医療福祉の分野に導入する妥当性は十分あるのではないか、と私は思います。
 7番目に、当協会としてPFIに対してどういう評価をするのか。これは皆様に考えていただきたいわけですが、当協会は、医療施設・福祉施設・保健施設の建築的な水準の向上をはかるというのが活動の主旨でありますから、この主旨に沿って考えるときにどうか、ということを皆さま自身でお考え頂きたいところです。

PFIの課題
 次に、PFIの課題についてですが、まずPFIに含めるべき事業範囲のあり方に1つ課題があるだろうと思います。先にあげたように、地方自治体で約70件のPFI実施例があるわけですが、この状況をさっと眺めてみますと、多少の例外があるけれど、ほとんど全部設計から一式入っています。そのなかで、先に示した病院4件は、全体の傾向とはかなり違った様態を示しています。
 近江八幡の場合、事業範囲は設計ならびに施工と、運営のうちの経営管理・診療以外の部分です。高知の場合は、設計は市の直轄で設計事務所が担当して済ませたあと、施工と、運営のうちの経営管理・診療以外の部分がPFIの範囲です。八尾市民病院の場合には、設計・施工とも市の直轄で設計事務所・ゼネコンが進めていて、家具備品の整備と、運営のうちの経営管理・診療以外の部分がPFIの範囲です。埼玉の場合はエネルギー関係全般、つまり設備一式の設計・施工・維持管理だけがPFIとなっています。エスコ(ESCO=Energy Service Company)という会社を立上げて、そこに一式出すという形です。
 これだけバラエティーがあるわけですが、それぞれメリット・デメリットがある筈ですので、これをどう評価するかも課題でしょう。目下のところ、この4者に共通しているのは、経営・管理と診療は市が直接やって、SPCの範囲には入れないということです。考えてみれば、経営・管理までSPCに出したら民営化そのものになりますから、これはありえないと思います。しかし、診療・看護についてはかなりデリケートで、場合によってはSPCが診療や看護を提供するという形もないわけではないと思っています。公務員としてのドクターやナースが、その地域に対して最大の貢献をすると決めてかかることはできないと思います。ですから、この辺はちょっと微妙な問題ですが、考えてもいい問題ではないでしょうか。
 ここでちょっと他分野の例をみてみましょう。桑名市立図書館は、現在のところ公共図書館をPFIにした唯一の例です。ここでは施設の建設・維持管理だけでなく、運営サービスもSPCに出しました。つまり、本を買ったり貸し出したり、あるいはリファレンスサービスを提供したりする図書館サービスそのものをSPCが行う。では、市は何をやるかというと、選書の方針とか、貸し出しの方針・規則、リファレンスサービスの水準の決め方というポリシーだけを決めているのです。病院の場合でいえば、経営・管理にあたる部分は市が直轄するけれど、診療・看護そのものはSPCに出していることになる。これについては図書館界でも賛否両論、多少もめているところです。
 事業範囲と並んでもう一つの問題は、民間の活力を発揮させる仕組みをどのようにしてつくるかです。インセンティブの与え方、つまり目標以上の成果が上がっていったときに民間に渡す、いわばボーナスのようなものの出し方です。例えば近江の場合には、想定患者数というものがあって、それを大きく上回る患者さんが押しかけた場合には、再度契約を見直すというような条項がある筈です。そういうものをうまく組み込んで民間の活力をいかに多く引き出すか、という問題です。
 それにも関連して、私が大事だと思うもう一つの課題は、提示する事業計画の柔軟性です。民間活力を大きくしていくためには柔軟性の確保が大切ではないか。あまりリジットに決めて、これに値段を入れろとなると、後はもう与えられた業務をいかに安くするかという値段の合理化しか残らないわけですね。民間企業は、事業展開にかけては企画段階を含めて豊富な知恵があるわけですから、そういうものを引き出す工夫があったほうがいいのではないか、と思うのです。

PFIの本質と将来
 これはちょっと極端な例なので、頭の体操としてお考え頂けばよいのですが、既に行われているPFI事業の中に日立市温泉利用施設整備等というのがあります。これはどういうものかといいますと、日立市が持っている太平洋に面した斜面の土地に質のいい温泉が湧き出した。この温泉を何とか利用して、市民の健康増進に役立てたい。さらに、いい温泉が湧き出ていれば周辺住民も来るだろうから、日立の高齢者との交流が盛んになるように役立てたい。そういう風に市当局が発想したわけですね。そして、それをうまく引き出してくれるような事業を起こしてくれる民間事業者を募集したわけです。
 そのときに市が提示した条件というのは、極めてシンプルです。まず建築は、少なくとも1,000?以上のものを造ってください。市民一日の利用の料金は1,000円までに抑えてください。傾斜地ですから若干の敷地造成が必要なわけですが、敷地造成だけは市がやりますから、造成の費用は算出してください。そのくらいです。だから、やたらに山を切って造成費が高くなるような案を出せば、当然減点です。いかに造成費を少なくしながら、しかも魅力的な計画をつくるか。そして、ちゃんと健全な経営ができるかという案を出してもらって競争する。出された提案は、建築で言うと1,300?から3,000?くらい。料金でいうと、500円くらいから900円くらいまで。温泉の利用などは露天風呂あり、サウナあり、ジャグジー風呂ありといろいろな知恵が出ているわけですね。もちろん公募ですし、委員会が厳正な総合評価をして決めているわけです。いってみれば、この温泉を市民のために役立てたいという本質的なところだけを抑えて、あとは民間の知恵を誘ったわけで、きわめて柔軟な企画です。
 これは保健とかレクリエーション関連の施設だから言えることで、病院はそんなふうにはいかない、と言えるでしょうか。私は必ずしもそうはいえないと思います。イギリスは病院のPFIをかなり経験しているわけですが、それがいかに進んでいったかということについて、広島国際大学の森下教授らのチームはイギリスに何度も出かけて、かなりがっちりとした調査をやっていて本も出しておられます。その著書の中に、森下教授らが病院のPFI担当官とディスカッションしたときの記録がありますが、それをみると、はっとするようなことが書いてある。ブレザーという担当官が言うには、「PFIというのは、まず公的部門が必要とするサービスを決めて、民間部門がそれに必要な資金を用意してサービスを提供して、公共部門がそのサービスを購入することなのだけれども、その必要とするサービスを公が決めるときに重要なことは、目的を決めるのであって手段に立ち入ってはならない。すなわち、何が提供されるべきかを決めるのであって、どうやってそれを提供するのかということに立ち入ってはならない。それは民間のイノベーションに任せるべきだ。」というのです。ここのところは、かなり重要ではないかなと私は思います。これをかなり乱暴に解釈して病院計画に適用してみますと、例えばこんな風になるのではないでしょうか。
 ある地域があってそこに病院を建直すときに、30年間先を見るとして、30年間にその病院が果たすべき理念とか、地域の中の役割とか、機能のグレードとか、あるいは診療上の目標値、たとえば入院期間とか、あるいは関連サービスの質を示すような指標等々を厳選して提示して、それを満たす方法とか、施設の規模とか構成とか、そういうものは一切、事業者の提案に待つ、といったやり方もあるのじゃないかと私は感じるのです。
 例えば、ベッド数――ご承知のように病院を考えるとき、ベッド数は長い間、基本的な指標であり続けてきました。しかし、今日、入院患者の入院期間は短縮化に向けて大きく舵がきられています。そうなりますと、仮に平均入院期間が半分になれば、ベッド数は半分でいいわけですね。つまり、ベッド数というのは基本的な指標たりえなくなるわけです。そうなると、例えば入院期間の目標値を当面・5年後・10年後というふうに提示して、それに対してどんな施設像をどんな運営や費用で用意するかについて提案競争をする、といった発想もあり得るのではないでしょうか。ダイナミックで魅力的なPFI事業になると思うのですが・・・。
 そうなれば、施設のプランナーなどは張り切って色々なビジョンを提示するに違いありません。施設計画者の役割の重要性はおのずから飛躍的に上がり、おのずからチームのリーダーになることでしょう。提案競技の中での配点もぐんと上がらざるを得ないでしょう。
 先程PFIの評価のところで、建築設計事務所にとっては好ましくない方式だという趣旨のことを述べましたが、こうなれば話はまた別といえるかもしれません。
 以上、近江八幡での経験をふまえて、PFIについて思うことをあれこれ述べてみました。始めに述べたように、PFIはこれからシェアをぐんぐん高めてくるものと思われます。とあらば、これを単に公費節減といった視点に集約して理解するのではなく、PFIにしてはじめてできるダイナミックな施設づくりの仕組みとして構築する方法を皆で考えていくべきではないかと思うのですが、いかがなものでしょうか。



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